月に一度は溺れたい

不真面目に真面目なブログです。感情豊かにセックスしたい。

最初で最後(後日談)

気持ちというものは形にもならなければ目にも見えなくて、それゆえに、私は途方に暮れた。
しかし思えば、彼にしてみれば、突然全力の好意を毎日のように浴びることになり、戸惑うのも仕方なかったのだと、理解してきた。
あと数週間で離れてしまうと分かっている人間を好きになる・付き合うリスクも、天秤にかけられていたのだろう。


職場から帰宅して、LINEで彼と他愛のない話をしていた。
お互いの恋愛の話をそこで初めてした。
「振られてるのに、キスされたり触れてもらっただけで喜んで。
単純で簡単な自分が嫌になります」

振ってるのにキスしたり頭を撫でたりせずにはいられなくて。
屈折して面倒な自分が嫌になりますね

こうやって、対比させた返信をさっと送れる彼が、やっぱり私にはかっこよく映る。

こんな言い方をすると意地が悪いかもしれませんが、今までは一方的に好かれるばかりだったんです。
勝手に理想を抱かれて、勝手に幻滅されて終わる。

少し、彼の芯に触れられた気がした。

私が貴方のことを知らないのもそうだけれど、○○さんは私のことを知った上で好きだと言っているのか。
憧れ抜きで、私を見て好きだと言っているのか。
それを確かめる時間が必要だと思って、ずっとはぐらかしてきました。

面接官のようですね、と私は返信した。続けて、
「でも、それを聞いて尚更、想いを伝え続けることを辞めなくてよかったと思いました。
今まで知らなかった○○さんを、知れる期間になりました。
少なくとも私にとっては、意味のある期間でした。
○○さんは、どんな成果を得られましたか?」
そんな風に送ってみた。



その直後の、22:28のメッセージである。

本当にズルい
私は貴方がとことんニガテです
ちょっと待ってろ

「???」



そこからしばらく、何度か呼びかけるも既読が付かなくなった。
もしかして、と立ち上がり、まず初めにトイレと浴室の汚れをチェックした。
布団を敷き直し、洗っている途中の皿を洗おうといったところで、スマホが鳴動する。
時刻は22:37。

部屋、何番

「汚いから、だめです……」

煩い

玄関の扉を開けると、革靴の踵が地面を踏む音が聞こえた。
それは、こちらに向かって歩いてくる。
怖くなって、私は再び部屋に引っ込んだ。
締まりかけた扉に、彼の手が挟み込まれる。
「こ、こんばんは……」
言い終わる前に、私は玄関先で彼の腕の中にいた。
言葉はない。
次の瞬間、乱暴に唇を奪われる。

どうだ?突然押しかけられる気持ちは

怒っているような低い声だったが、目は笑っていた。
「その節は……すみませんでした……」

……はいはい、お邪魔しまーす

「わ、ダメです。本当に汚いから……」
引越し準備の真っ只中の部屋は中途半端な生活感と無機質とが混在している。
バタバタとしている間に、ケトルのお湯が沸いた。



熱々のミルクティーを差し出す。
それには手もつけられずに、私は彼の方に引っ張られた。
今までで1番強い力で、彼は私を後ろから抱きしめた。
高鳴る心臓を抑えて、私は弱気な声で聞いた。
「なにを……」
私は彼の方を見て、口を開いた。
「こんな夜に、女の家に来て、何を、しに、来たんですか……?」
まさに、おそるおそる、といった感じだった。
私が彼の家に押しかけたあの日、彼が私に問うたセリフそのまま。
それを分かってか、彼はククッと笑った。

なんでだと、思いますか?

いつもの如く、上手くかわされた。
私は無言で、返事を待った。

○○さん……

深い溜息と、抱きしめられる腕の強さを改めて感じる。

貴方のまっすぐさに、私は負けました……

「別に、勝負してないです」
彼と相対する。
「○○さん」
何度も伝えたけれど、何度でも伝えたい言葉。
「好きです」
彼は何も言わずに唇を食む。
ぬらぬらと味わわれたかと思ったら、唇が触れ合う距離で彼が一言呟いた。

……私もです

私の口の中をまさぐる彼の舌はひんやりと冷たくて、荒い息は熱かった。


はぁ、、なんだかバカップルみたいだなぁ

自分に呆れた、というような言い方だった。
それでも、頬を擦り付けたりキスをしたり指を絡めたり、触れることに貪欲なままである。
聞き逃せない単語を、私は捕まえて聞き出す。
「『カップル』なんですか?」
彼の動きが止まる。
ふふっといつものように笑って、○○さん、と彼が私の耳元で囁いた。

付き合って、くれますか?

「ほんとう、ですか?」
彼は静かに、目を見つめて頷いた。
「あと一週間しかないよ……」
彼の首に腕をまきつける。
それは、私がこの地を離れるまでの期間。
悲しい顔は見せたくも見たくもなかった。
「遅いよ……」

……ごめん

これ以上は責められなかった。
彼を困らせるのも、そろそろ程々にしないといけない。
それに、彼に伝えたいことはもっとある。
「幸せです。嬉しいです」
にっこりと目尻を下げて笑う彼の唇は柔らかくて、離れたくなくて、愛おしかった。




このような顛末に落ち着きました。
読者の皆様、今後ともどうぞ、よろしくお願いします。